住み慣れた家で大切な人を看取りたい

先日の2月18日(土)は
平取町社会福祉協議会開催による
介護研修会の午後の部

「看取り座学」
~住み慣れた家で大切な人を看取りたい~
看取りあえる優しい町に

と題して講師を務めさせていただきました。

一般町民、社協や役場の職員の方々50名のご参加をいただき
家で看取った事例をご紹介させていただきました。

SSCN6153

SSCN6154

看取りステーションふるびら和みとして訪問介護を
スタートしました。
当時、死は不吉なものと捉えられていて、「看取り」を
名前に出さない方が良いのではないかというご意見も
頂戴したこともありました。

でも、死は悪いものではなく日常の中にあることを
伝えていきたいと考えておりましたので、私はあえて
そのままでいかせていただいたことなどもお話して、
ふるびら和みのこともご紹介させていただきました。

認知症を抱えたお父様を施設に入所させているのが
切ないと家に連れて帰る決意をされたご家族が、
ご本人が昔建てた自分の住み慣れた家に戻るのが
良いのか、今家族が暮らしている新しい家に戻るのが
良いのか、とても悩みました。

そこで「家」とは何かと考えさせられました。
住み慣れた家にただ一人で暮らすのが幸せなのか。
新しい家に家族と一緒に暮らすのが幸せなのか。
そう考えた時に、家とは愛する家族が居る場所であり
愛する家族のところが「家」なのだと教えていただき
ました。

家ではなく、たとえ病院や施設であったとしても、
ご家族が傍にいてくれて、賑やかな声が聞こえて
そこがまるで家のように思えるのであれば
その人にとって、その場所が家となるのです。
そう思います。
そのようなお話もさせていただきました。

事例でご紹介した看取り終えたご家族の
「看取りはお互いに沢山のエネルギーを使う事では
あるので看取りは体力勝負の場でもありました。
大変だったのはそこだけです。子育てもしながら、
なぜ看取ることができたのか。
それは、一緒に居たかった。それだけでした。
愛があれば大丈夫。何一つ悔いなく看取ることが
できました。」と話してくださったこともお伝えしました。

そして、看取りは息を引き取る瞬間だけを言うのでは
ありません。看取りに間に合わなかったからとご自分を
責めることなく、その時に「ありがとう」と伝えることが
できたなら、それは看取りに間に合ったということだと思います。
ご本人もしっかりと想いを受けとめてくださいます。
喜んで下さいます。

会場の皆様自身のいのちも大切に、
時には悩み苦しみ涙して精一杯生きてきたご自分の人生の
大切な最終章がどうかいのち輝くものとなりますように
愛を込めてお話させていただきました。

講演が終わり、一人のご婦人が声をかけてくださいました。
「先生のお話をもっと早く聞くことができたら良かった」と。
その方のお母様がお側にいらっしゃるようなぬくもりを
感じました。

愛と感謝を伝えあえる幸せな看取りが平取町に増えますように。
家族がいなくても、地域の皆さんで看取りあえる、
そんなあたたかで優しい平取町になりますように。

平取町は町民の皆様とても温かく
温泉も堪能してアイヌの歴史も学んできました。
ぬくもりある平取町の皆様の幸せを心より祈ります。

ありがとうございました。

SSCN6152

船を漕いでみました。
人生の舵取りも、喜んで楽しんで自分らしく。
ふるびら和みは、いのちに囲まれて、また一歩進んでいきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です